解説/ブルバキ大学社会学講師・幡丸亜希子

作者註>













彼─ G.P.S.─と初めて会ったのは、三年ほど前のことになる。
当時私は恩師である大学教授の好意により、母校で教授の講義を無料で聴講し、ときには薫陶を受ける傍ら、新設大学で週ふたコマの教鞭を取るという、年齢的には、また私立大学の大学院出身者としては、比較的恵まれた環境のなかにいた。夫が私の道楽≠ノ眼を瞑り、収入と生活の両面で支えてくれているのも有り難かった。

ある日、いつものように教授の講義を拝聴させていただいたあと、教官室にくるようにといわれた。腰掛けた私の前に、一冊の分厚いファイルが差し出された。

「昨日、妙な青年が訪ねてきてね、置いていったんだ。『是非読んでくれ、感想を聞きたい』というんだが、私は学会の準備で忙しい。うちの大学の卒業生だというから、無下にもできない。君、すまないが代わりに読んでやってくれないだろうか?」

忙しいのなら断ればいいようなものだが、その辺が教授の教授たる所以である。私はファイルを手に把った。表紙には『知の起源』と書かれていた。
『知の起源』は、本書の第三章「恩師への書簡」のもとになる大論文である。当時はそれだけで『THE ANSWER』全体と同じくらいの分量があったと記憶している。
私はそれを家に持ち帰り、読み始めたが、すぐに行き詰まってしまった。教育社会学を専攻し、宗教や哲学、ましてや物理学などほとんどかじっていなかった当時の私にとって、書かれている人名、用語、そのほとんどが見慣れぬものばかりだったからである。まるで刑法の判例集でも読んでいるような気分だった。掴んでおかねばならない知識が、あまりにも膨大過ぎた。
ただ、ページを繰る手が止まらなかったのも、また事実である。幾度も見知らぬ単語に立ち止まり、ときには前の段落を振り返りながら、私は─しっかりとは理解しえないけれども─ここにはとにかくすごいことが書かれていて、自分は直接それに触れているのだ、という不思議な興奮を感じていた。

一週間後。母校の教官室を訪れた彼を、私はカフェテリアに誘った。彼は相手が教授でない(しかも若輩者でそれも女性)ことに一瞬残念そうな貌をしたが、素直に従った。
ファイルに添付されていた略歴によって、私は彼が大学時代の同級生であることを知っていた。にも関わらず初対面だったわけだが、学部学科が違えばそう珍しいことではない。
彼は背が高く、整った顔立ちをしていた。学生時代だったら恋に落ちていたかもしれないな。キャンパスを並んで歩きながら、私はそんなくだらないことを考えていた。
珈琲とレモンティの紙コップを挟んで向かい合うと、私はまず、『知の起源』をひと通り読んではみたものの、その要旨をほとんど把握できなかったことを正直に述べた。だから内容に関する論争や質問は勘弁していただきたい。
彼は頷いた。
「最後まで読んでいただいただけで充分です。そんな人自体が、稀ですから」
「それはそうでしょうね」
ちょっとむっとした気配が伝わってきた。構わずに続ける。
「『知の起源』の応用範囲は多岐に亘り過ぎています。すべての問いを解く答え≠ナすから当たり前なのですが、とにかく、専門馬鹿である日本の学者たちのなかで、この内容を完全に理解できる人間は、おそらく皆無に近いでしょう」

彼の顔に当惑が浮かんだ。下っ端とはいえ仮にも象牙の塔の一員である私が、そのような表現を使うなどとは思ってもみなかったのかもしれない。

「この作品(私はあえて作品≠ニいう言葉を使った)は、まず日本の学界には受け容れられないと思います」
「じゃあ、どうすればいいんです。学者は誰も相手にしてくれない。哲学者も、宗教学者も、物理学者も、もちろん社会学者も。なら、結局埋ずもれるだけじゃないですか」
「でも、あなたは、本当は最初から真のターゲットを見据えているのでしょう?」

 彼は驚いた表情になった。

 読み終わった後に気付いた。『知の起源』は、知識で読むべきものではない。感覚─feelingよりはsensitiveという表現のほうがしっくりくる気がする─が必要なのだ。大人はそんな読み方をしない。なら、彼は誰に向けてこの大論文を書いたのか。

恐るべき子供たち。

それから私は、彼にいくつかのアドヴァイス(といえるほどのものでもなかったが)をした。もっと専門用語を減らし、わかりやすくしてはどうか。たとえば大学の一般教養─聞いているのは高校を卒業したばかりの、専門知識を全くもたない学生たち─の講義をしていると仮定して、書き直してみてはどうか。
「その上で論文の新人賞に応募するなり出版社に持ち込むというのが、この作品が陽の目を見る可能性を少しは高めることになるでしょう。『わかってくれる人間だけでいい』というのは、世に出る前の状態であれば、単なる傲慢にしか過ぎません。いずれにせよ、最初に評価を下すのは大人なのですから、少しは迎合しておかないと」

それは下手をすると作品自体のパワーを削ることにもなりかねないが・・・。彼は素直に頷いた。

「あと、もうひとつの方法が考えられます。『知の起源』を英語に翻訳して、アメリカでこちらと同じことをしてみるつもりはありませんか? 向こうの学者はおしなべて日本より柔軟な思考をもっています。少なくとも、この国よりは認められる確率が高いと思います」

英語力にはあまり自信がないのです、と彼は答えた。信頼できる翻訳者がつけば、話は別ですが。ただ、選択肢のひとつとして、頭には入れておきます。

別れ際、私は彼にいった。

「こうして関わりをもった以上、私はこの作品の行末に少なからず興味があります。将来、もし出版されることになったら、知らせてくれませんか?」

そして、自宅の住所と電話番号を書いたメモを渡した。

それから三年─私はその間に出産を経験し、娘の桜はもう一歳半になろうとしている─。彼とは一度も会っていなかった。連絡もなかった。私は彼の存在自体を忘れていたといっていい。少なくともあの日、彼からの小包が届くまでは。

中身は三年前と同じくらいの、分厚いファイル。表紙には『THE ANSWER』とあり、その脇にサインペンで「最終稿」と大きな字で書き加えられていた。
同封された手紙には、今回ようやく出版にまでこぎつけたこと、ついては希望通り最終形態の原稿を送ったので、是非読んで欲しい。そう書いてあった。考えてみれば三年間一度もコンタクトがなかったのだから、私が引っ越していなかったことは彼にとって、また私にとっても僥倖であった。もっとも、それもまた彼らしいと、私は思ったものだが。

『THE ANSWER』。一読して、私は驚いた。新たに加わった「ラブレター」と「ヘイゼルの森で」が、見事に「恩師への書簡」のイントロダクションになっている。彼はちゃんと、最も書きたかったことに対しては全く妥協せず、つまりパワーダウンさせることなく、それでいて多くの読者を引き込む方法論に達したのだ。

そして、なんといっても最終章「マザーランド」。まさかこの本を購入して先にこの解説を読む人はいないだろうが、これを読んでいるあなたがそんな人間だとしたら、先に忠告しておく。

最後まで読まないと後悔するよ。

ただ、世間にはそういうへそ曲がりが割と多いようだから、用心して内容には触れないでおこう。まず、本文を読んで欲しい。本書『THE ANSWER』には、様々なトラップやギミックが満ちている。読者にはそれを予備知識なしで、身をもって体験して欲しいのである。

それに、恥ずかしい話だが、三年経ったいまでも、私は「恩師への書簡」─『知の起源』から姿を変えた─の内容が、完全には理解できないのだ。感覚がない以上、知識で読むしかないのだが、その知識まで不足しているのだから仕方がない。「恩師への書簡」は本書のいわばメインディッシュだ。メインディッシュを充分に味わえない人間に、コースを語る資格はないだろうと思う。

数日後、彼から電話があった。

「読んでもらえましたか?」

気のせいだろうか、その声には自信が溢れているように思えた。
「読みました。とても面白い出来に仕上がっていると思います。ただ、『恩師への書簡』は、やはり今回もきちんと理解はできなかったのですが」
「ありがとうございます」

電話の向こうで、彼が頭を下げる気配がした。律儀な人だ。

「それで、折り入ってお願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
「『THE ANSWER』の、解説を書いてもらえませんか?」

驚いた。もちろん辞退したが、彼は強硬だった。
「あのときの助言がなければ、『THE ANSWER』は完成していなかったかもしれません。・・・まあ、その間にも色々ありましたけど・・・。とにかく、当時日本で世話になったのはあなただけだと思っていますから、少なくとも日本語の『THE ANSWER』の解説を書く資格があるのは、あなただけです」

それにしては本文に私のことを一言も書いてくれていないじゃないの。まあ、これはないものねだりというもので、私のことなんて書いたら文章と構成にキレがなくなるだろうことくらいは、私にも解る。
解説は書いてもいいが、本文の雰囲気を壊すようなことはしたくない。書いたら送るから、読んでみて気に入った場合だけ採用してください。そういって私は電話を切った。

だから、もしこの文章が解説としてちゃんと本の末尾に掲載されているとしたら、それは私にとっても非常に名誉なことなのである。なぜなら、この作品(最後まであえて作品≠ニ呼ぶ)が十年後も残っていたとしたら、途轍もないモンスターに化ける可能性があるからだ。それを私は楽しみにしている。無名の若者が書いた本が、頭の固い権威と無意味でくだらない知識を、木端微塵にしてくれることを。